ノムさん


今さらですが、
野村克也監督が11日にお亡くなりになりました。

昭和10年生まれの84歳といえば、
亡き父、重三が生きていれば、
84歳だったんだなぁとも思いました。
「野村は俺と同級生なんだよ」
ってよく言ってたもんね。
長嶋監督も昭和11年の早生まれなので
学年は一緒だとも。

ああゆう嫌味タイプの監督は、
選手によっては
好き嫌いがハッキリ分かれるでしょうね。
私は割と好きです。

と言うか、
これまでお世話になった監督や上司は
あんな感じが多かった。
きっと時代もあるんでしょう。

聞こえよがしにブツブツ言って、
目の前にいる選手(部下)を
叱っているようでいて、
実は周りにいる直接叱られることが苦手なタイプに
伝えているんですよね。

ノムさんは野球界にとらわれず、
どんな世界にも通用するような人間力を
育てることに重きを置いていました。
そんな考え方も共感します。

昔、電車内で甲子園出場の常連校が
カバンや道具を広げて座席を占領している姿を見て
『いくら野球が強くても、
周りに気を配れないんだったら
野球なんかやめちまいな!』
と本気で思っていました。

もう少し無礼を働いていたなら、
注意するつもりでした
(サッチー並みに怖いよ~

気遣いで思い出したことが。

ノムさんの息子、カツノリ氏が
阪神タイガースに在籍していた頃のお話です。
なので2000年頃かな?

横浜スタジアムでの試合終了後、
タイガース選手の出待ちをしていたら、
(なにしとんの)
選手の乗った大型バスが球場から出てきた。

ファンが騒ぐ中、
窓越しに見向きもしない選手たちの中で唯一、
カツノリだけが帽子を取って、
ファンに向かって頭を下げてくれたのです。

あたしゃ感激したねぇ~
(ミッチー)

この時さらに、
ノムさんの偉大さを意識したような気がします。

多くの選手が泣き笑いで思い出を語る
テレビをたくさん見て、
直接指導してもらったこともないのに
私まで泣けてきた。
ダンナまで涙ぐんでるし。

試合中、
まずいプレーをした選手がいると、
「ノムさんなんて言うかな?」って思い、
後でスポーツ番組を見て、
野球を二度楽しませてくれた。

人気球団や選手に忖度しないで、
痛い所をちゃんと指摘するのも痛快でした。

たくさんの映像と逸話が多いのは、
マスコミと上手に付き合いファンを楽しませ、
注目してもらってこそのプロ野球だということを
よ~く理解されていたんでしょうね。

ノムさん.jpg
昨年行われた【ヤクルト球団設立50周年記念OB戦】での素敵なシーン

ウチには同じ本が二冊あります。
ダンナとまさかの
野村ノートかぶり

開幕前に亡くなるなんて、
最後まで野村ID野球の気遣いを
見せてもらった気がします。

ご冥福をお祈り申し上げます。


















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